いつか来るどこかで





2

「よし、終わり。」

仕事も一段落して、一息入れるかと思った瞬間。

 

「キョン先生、お客様です。」
「客?誰だ?」

「先生の御友人と言われましたけど…。」
名前は聞いてないのか。

それ以前に、もう三十路も近くなってきたというのに未だにこのあだ名が顕在ということを呼ばれるたびにかすかに思う。
あいつが聞いたら、オレらしいと笑うだろうけどな…。

まあ、とりあえず友人とやらを確認に行くか。
国木田ならまだ仕事関係で時々来るから、職場の人間とも顔見知りだから違うだろう。

谷口も国木田つながりで知ってるやつは多い。


となると、大学の…。

まあいい、顔を見ればわかるだろう。

「分かった、すぐ行く。」
オレは席を立つと客の待つ応接室へと足を運んだ。



########

「お久しぶりです。」
「……お前…。」

眼の前にいたのは、数年ぶりにみる高校時代の友人。
といってもまあいいだろう。

ここ数年は絶縁状態だったけどな。
理由は…オレの八つ当たりみたいなもんだった。

それは自覚していた。
だから正直なところ、この訪問に少なからず喜びを感じていた。


…まだ正直なままに口に出すには20代後半のいまでも若干厳しかったが。


それでももう最後に会った頃のように感情を叩きつけなくてもいいほどには
オレも大人への階段を上がっていた。


「久しぶりだな。古泉。」
笑顔にはならなかったが、ごく普通の返答に古泉はらしくなくあからさまな安堵の笑顔を見せた。
懐かしくも感じてきた胡散臭さはまだ健在だったが。
「ええ、本当に。」

オレはソファに座るように勧めながら自分も腰を下ろすことにした。

茶は、さっき取り次いでくれた事務員が入れてくれたものだ。
SOS団エンジェル朝比奈さんに比べると若干落ちるが、申し分ない茶である。


オレと古泉はほぼ同時に茶を啜った。


「で…何か用か?」
「10年ぶりに会ったんですか、もう少しくらい会話を楽しませてほしいものですが。
 …あの時以来ですね。」
「ああ…そうだな。
 オレが一方的に喚き散らして以来か。
 まああんまり思い出したくねえ思い出だな。」

お互いに苦笑を浮かべる。

「僕は一時も忘れることはできませんでしたよ。
 あなたと同様にね。違いますか?」
「違わねえな。」


でなきゃオレはここにはいない。
こんな場所で白衣を着てふんぞりかえってるわけもない。


「あなたは血の吐くような努力の結果ここまで来ていたんですね。」
「そりゃ大げさだな。
 別に血も吐いてないし、慢性の寝不足くらいには悩まされたがな。」

「大袈裟なんかじゃないですよ。
 あなた巷で何て呼ばれてるか知ってるんですか?」
「とりあえず間抜けなあだ名以外は本名すらあまり耳に入ってこないがな。」

そう言うと、古泉は少し老けた目元をまた緩ませる。
10年たって、こいつも文句なしのヤングエグセクティブってやつか。(もう死語だが)

「天才外科医。そう聞いてますよ。
 キョン君。」
 


「……それこそ大げさだ。」

オレはまた、湯呑をとりあげて熱い茶を口に含んだ。

########


オレがハルヒを失ったのは結婚式を1週間後に控えた日のこと。
最初に電話を聞いた時、オレは例外なく何の冗談だと思った。

電話の内容はシンプルだった。
車に轢かれ、即死。

大けがとか重傷とか重体とか、生と死の間にある言葉は何一つ使われなかった。
電話が告げたのは、すでに起こってしまった永遠の別れという奴だ。
その日のそれからのことは正直あまり覚えていなかった。

ただ、黙っていればレベルが高いと常々感じていたあいつの顔を眺めていたのは覚えている。
幸い顔は綺麗なままだったけど。
憎まれ口が9割方だったあいつの声が、これほどまでに聞きたくなったのはあれが初めてだった。

そしてそれは今でも続行中だ。
あいつのことを忘れたことは今のところは一日たりともない。

オレは自分の両親と、ハルヒの両親とに囲まれて
ただ呆然とハルヒの通夜と葬式を過ごしていた。

あの時ハルヒの両親に本来なら謝罪しなければいけなかったのだが、それもできずにいた。
だが誰よりも謝りたかった。


守れなくてごめんな、ハルヒ。
こんな旦那で、ごめん。


全てが終ってからやっとオレの眼は涙をあふれさせた。


そして。


そのあと来た古泉に。



####


「いや、あの時はマジで悪かったよ。
 お前だって悲しんでないはずはなかったのにな…。」
「いえ…僕も…僕たちも、あんなに早く結論をつけていなければ…
 彼女を守れたかもしれない…そう思いましたから…。」
「たら、れば、は言ってもしかたねえよな。
 ホントは分かってたんだけどな…」

オレが思い出したくないのは、あの時に古泉に叩きつけた言葉だった。
古泉になんの責任もあるはずはないのに。


どうして。と。


「…本当はオレから謝らなきゃならなかったんだよな…。」

前言撤回。
振り返れるほどには時間はたっていたのだ。

オレは改めて古泉を見ると、深々と頭を下げた。


「すまなかった、古泉。
 今日、来てくれて嬉しいよ。」


思い出とともに、出ないと思っていた言葉がすんなりと口から出ていた。

「…そんな、頭をあげてください。」
古泉は本気で恐縮した顔をしていた。
そういえばこんな顔初めて見るかも、と少し笑えた。


「でも…正直あなたにそう言ってもらえてほっとしました。
 今日も本当言うと門前払いを食らう覚悟で来てたんですよ?」
「あー…まあ最後にあんな別れ方してりゃそう思うよな。」


ふっ、と同時に表情をゆるませた。


「…よかったです…あなたが、元気で。」
「いや…お前も元気そうだな。お前は今何してるんだ?」
「僕はIT関連です。実は森さんが機関の解散後に企業を立ち上げましてね。
 お手伝いの名目で重役みたいなことさせてもらってますよ。」

「森さんが…さすがにタダものじゃなかったなああのお方も。」
「あはは、確かに。」


「それで、ですね。」
「ああ…どうした?」


突然古泉の表情がマジなものに変わった。
そういえば本来の用件を聞いてなかったな。

というかこいつが遮ってきたのだからまあいいか。

そう思いながら、少し構えていた。
こいつが来るということは何かややこしいことが起こる前兆ではないかとうすうす感じてはいたからだ。

そしてオレは文字通り目を丸くさせられたのだった。


「今日来たのは…実は長門さんから連絡を受けたからなんです。」

「…!長門が?!」



その名前を耳にしたのも、古泉と等しく10年ぶりだった。




                                  To be Continued…



久しぶりにみくキョンの続編を…と思いきやハルキョンで、しかも結構時間が飛んでしまいました;;
看板に偽りありですが…一応最終的にはみくキョンになりますので!!

読んでくださった方ほんとうにありがとうございます!
早いうちに続きが書けるよう頑張ります;;


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